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台風通過中に考える江戸と明治 [雑感]

DSC04191.jpg政治が破綻しました。激しい権力闘争の末に現職総理が事実上の退任、自薦他薦の総裁選へと突入!コロナは少し和らいでいますがレームダッグの政権になってしまいました。これから2ヶ月弱 空白状態です、実に心もとないですね。

さて唐突ですが「明治維新をどう捉えるか」 色々あると思います。私見ですが 明治維新とはある一面では田舎の成り上がり者が江戸時代の一切を土の中に埋めてしまった、そんな風に見えます。廃仏毀釈は何の目的で、文化的な一切の物を断捨離したのか?失われて今や想像でしか分からない数々の事柄、明治維新はかなり罪深い 時代の断絶だと思います。司馬遼先生は明治維新を高く評価していますが これは見方の違いなので色々意見のあるところです。

DSC04348.jpgこの失われた物の一つに 体の使い方で不明な部分があります。まず歩き方です。今の歩き方は腕を交互に振ることで溜めを作って歩きます。これは西洋式行進方法です、江戸時代はちょっと違っていたようです。武士は二本 腰に刀を差していますから手を交互に振って歩くことはなかったようです。早く歩く為には刀に手を添えて歩いたと想像します、これはもう想像でしかありません、今はもう失われた物の一つです。何故江戸時代の人は一日日の出から日暮れまで歩けたのでしょうか?体力が違う、歩き方が違う 色々と考えられます。腰に刀を差して長い距離歩くのは背中に荷物を背負うよりキツイかもしれません。ある本では神速歩行術なるものが存在したと推測しています。同体同側歩行が普通だったという説もあります。要は体重移動を上手く使って、疲れない歩き方をしたという想像です。

次に失われたものが剣術です。今や古流として命脈を保っていますが、江戸三百余流と言われるほど隆盛を誇った剣技ですが廃刀令で全て霧消しました。今残っているのはその内の僅かです。このような伝統的な文化の否定によって明治維新が行われました。残念なことです。

DSC03330.jpg刀を残せと言っている訳ではありません。勿論刀の否定によって平和的な時代が到来したことは別な意味で大きな恩恵だと思います。

しかし文化まで否定するのはいかがなものかと思う訳です。

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諸星大二郎 異界への扉 [展覧会]

先日三鷹市ギャラリーにて諸星大二郎展を見てきました。

DSC03294.jpg人の入りはそれ程多くなく快適にゆっくりと鑑賞してきました。この展示会の観覧は最近ではかなり楽しみにしていたイベントでした。諸星先生の作品は遥かまだうら若き20代の頃漫画雑誌で読者ファンになっていました、その頃から印象深く注目していた作家先生です。この先生の作品は日常と異界をテーマに不可思議な日常を空想的に描いています、また考古学にも造詣が深く古墳時代の日本や中国先史時代をテーマにしたりインド哲学の世界を開陳したりと少年漫画としてはかなり難しいテーマを取り上げています。深層的でミステリアスな処が好きでした。

DSC03033.jpgこの先生が作品発表した時代は70年代が中心と記憶しています、この時代はPCやスマホ等はなくこのような準専門的な事柄でさえ百科事典や図書館で調べなくてはならない手間のかかる時代でした。ですから漫画で書かれていることを調べる人など皆無でしょうから、物語にかなり信憑性があると信じていました。その不可思議さが魅力だったかも知れません。先生の作品で印象的というか好きな作品は「暗黒神話」「孔子暗黒伝」「海神記」等でした、中でも「暗黒神話」で語られるブラフマン・アートマンの概念は今でも難解と思っています。「海神記」で語られる安徳天皇の話しはかなり印象に残ったのか後に赤間神宮に参詣し、鳥居から関門海峡を眺めて確認までしました。しかし語られる内容には不思議な説得力があります、安徳天皇の受難はかなり悲哀を感じますが安徳天皇を抱いて入水した二位の局の無念さが関門海峡に眠っているという感覚は肌感覚で理解できました。

今回の展示会で残念だったのは、このようなテーマに取り組んだきっかけとか先生の取材力やらバックボーンにあるものを炙り出して欲しかったです。作品紹介や解説は今の時代では幾らでも知りようがあるからです。

DSC03136.jpgこんな事を考えていたら思い出してきました この時代は駅での待ち合わせも相手との約束を頼りにするものですから駅で3時間待ったがついに現れなかった等はザラでしたし、また駅に電話して行けない旨を伝えてもらったり駅アナウンスを聞いて相手に電話したり、駅掲示板で待ち合わせ場所を変えたりと もの凄いアナログ待ち合わせでした。このような人と会うのも不便な時代ですから都市伝説や異界への扉もすぐ後ろにあったのです。壁の向こうに現実でない白昼夢のような世界が広がっていたのです。

70年代の待ち合わせの場所で良く使われた「新宿 紀伊国屋書店前」 十数人の若者が相手を待っています、一人二人と相手が来てくれて待ち合わせする人が順々に減っていきます 行かないでくれ!俺を一人にしなでくれ!

待ちぼうけ男になりたくない!男のやるせない思いが凝縮していました!

そのような不幸なエネルギーが渦巻いていたのです。

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